一見単純な細胞の集合がいかにして生命としての機能を保持し発生するのか?という生命創発の謎は未だ明らかではありません。近年になり、幹細胞のみを用いることで試験管内(In vitro)で妊娠初期の胚を模倣する再構成胚「幹細胞胚モデル(In vitro胚モデル)」を作製することが可能となりました。したがって、これまで困難であったヒト初期発生の研究が可能になると期待されています。しかし、世界中でこれまで報告されたIn vitro胚モデルは着床直後で発生を中断し、器官形成期まで到達できないことがわかってきました。すなわち、In vitro胚モデルには、通常の受精で得られるIn vivo胚に内包される発生の進行を支える仕組み「発生保証機構」が備わっていないことを意味します。本領域では、細胞の集合が生命体としての機能を保持し発生していく「生命創発」の原理を構成的に理解するためにIn vitro胚モデルを活用します。さらに、生命創発と発生保証機構を体系的に理解するために、In vivo胚の複雑な発生過程における細胞間相互作用や転写因子ネットワークのオミクス解析、単一細胞計測、光学測定等の先端技術を活用し、多角的かつ大規模な計測を行います。そして、得られた計測データからデジタル胚モデルを構築し、生命創発の鍵となる要素をIn silicoシミュレーション予測します。
細胞運命変化のシミュレーション
本研究領域の主な目的は、少数の細胞集合体から生命が創発され、それが世代を越えて連続するメカニズムを構成的に理解することです。幹細胞を用いて試験管内で再構築されたIn vitro胚モデルは、形態的、遺伝子発現的にはIn vivo 胚と似ていますが、生命を内包しません。本研究領域の研究グループA01 では、出発点となる幹細胞、その幹細胞から作られるIn vitro 胚モデルを着床、器官形成、個体形成の観点から解析します。A02 においては生命を内包するIn vivo 胚を用いた父母性因子、転写プログラム、エピゲノム解析、さらには高難度胚操作を行うことで発生を保証するメカニズムを明らかにします。また、生命の本質に迫るため、これら2つの対照的な研究項目を連結し一体とすることも目指します。そのために、生命現象の背後を計測し予測する最先端のデジタルサイエンスの概念や方法論をA03 として導入します。すなわち、A01とA02において最新技術を用いて計測したマルチモーダルデータをもとに、A03がデジタル胚モデルを作製し、In silico 予測します。このように、3つの研究項目が連携しつつ、データの取得・解釈・予測のフィードバックループを回すことによって生命創発と発生保証の謎を解明していきます。
A01では、In vivo胚に極めて近い幹細胞を樹立し、In vitro胚モデルを構築します。そして、構築したIn vitro胚モデルを用いて正常な着床とその後の胚発生継続の鍵となる細胞、分子機構を明らかにします。また、In vitro胚モデルを高度化し、ヒト器官形成を試験管内で再現します。加えて、モデル動物を利用し、In vitro胚モデルによるIn vivo発生の再現を実現します。以上により、発生能を有し生命を創発するIn vitro胚モデルを確立し、In vivo胚との類似性を評価し、生命創発の解明につなげます。
A02では、受精卵に備わる着床後発生を支える分子機構の実体を解明します。また、継世代安全性までを担保する新規生殖工学を開発します。父母性因子、転写プログラム、エピゲノム、胚操作という様々な手法と異なる発生段階における解析により In vivo 胚に内包される発生保証機構を明らかにし、In vitro胚モデルとの比較解析によりその潜在的欠陥の鮮明化と克服を目指します。
A03では、In vivo胚およびIn vitro胚モデルを大規模スケールを含む様々な手法で計測し、デジタル胚モデルを構築します。デジタル胚とは1. 遺伝子とエピゲノム制御、2. 細胞の時間・空間ダイナミクス、3. 摂動に対する応答の3つのモジュールで構成される胚のふるまいを再現・予測するシミュレーターです。In silicoデータ解析を駆使し、細胞の集合が生命として機能を保持し発生するための鍵を明らかにします。