2025.06.13
井上班の論文がNature Structural & Molecular Biologyに掲載されました。
次世代生命工学領域で初めてのハイインパクト論文の紹介です。まずは先陣を切って論文発表に至った井上梓さんとそのチームにおめでとう&紹介記事書かせてもらってありがとうと言いたいです。
さて、今回井上班は、マウス卵母細胞の成長に伴うヒストンH2A.Zのゲノム上分布変化とH2A.Zの減数分裂進行における重要性について報告しています。ヒストンにはH2A、H2B、H3、H4があることは基本的な教科書にも書かれてありますが、細胞にはヒストンバリアントと呼ばれる分子が用意されています。例えばヒストンH2AにはそのバリアントとしてH2A.X、H2A.Z、MacroH2A、TH2A等が存在しています。H2A.Xについては、そのリン酸化フォーム(γH2A.Xと呼ばれる)をDNA損傷のマーカーとしてよく用いますね。今回の論文の中心となるH2A.Zですが、これはプロモーターに集積するヒストン分子として知られており、RNAポリメラーゼIIのpausing(プロモーターにとどまること)やelongation(活発に遺伝子を転写すること)に関わっていることが多く報告されてきた分子でもあります。しかしながら、卵母細胞における分布や機能についてはほとんどわかっていません。そこに切り込んだのが今回の研究です。
まず井上グループは得意のlow-input ChIP-seq技術を使って、卵母細胞におけるH2A、H2A.Z、H2A.X、TH2Aの分布を調べることにしました。完全成長卵子(Fully grown oocyte, FGO)で調べた結果、H2A、H2A.X、TH2Aはゲノムに広く存在していました。一方で、H2A.Zは一般的に知られるようにプロモーターに顕著に集積していました。このことから、H2A、H2A.X、TH2Aは卵母細胞のヌクレオソーム形成に広く用いられているのに対し、H2A.Zはプロモーターに集積することで特殊な役割を果たしていることが示唆されました。そこで、H2A.Zに注目します。卵母細胞の成長過程でH2A.Zの分布を調べたところ、卵母細胞の成長過程でH2A.Zはプロモーターだけでなく遺伝子間領域にも広く分布するようになっていく様子が捉えられました。この広く分布するH2A.Zドメインをnoncanonical H2A.Zドメイン(ncH2A.Z)と呼んでいます。
マウス卵母細胞の成長過程ではH3K4me3も広いドメイン(ncH3K4me3)を形成していくことが知られています。興味深いことに、H2A.ZとH3K4me3を比較してみると、ncH2A.ZとncH3K4me3は同じ時期に同じ場所で形成されていくということがわかりました。何か深い関係がありそうです。では片方がなくなるともう片方はどうなるのでしょう?それを探るために、H2A.ZとMll2(H3K4me3修飾酵素)を卵母細胞でノックアウトしています。簡単そうに書きますが、H2A.Zは2つの遺伝子でコードされているので、これはコンディショナルダブルノックアウトです。なかなか大変です。その大変な実験の結果、H2A.ZのノックアウトFGOではH3K4me3の集積が減少し、Mll2のノックアウトFGOではH2A.Zの集積が減少するという、H2A.ZとH3K4me3との間の相互依存性がバッチリ観察されました。よかったです。じゃあこれらでは同様の表現型が見られるんじゃないの?ということになってきます。その答えはイエスで、H2A.ZノックアウトFGOとMll2ノックアウトFGOはどちらもホルモン刺激に伴う減数分裂の再開ができないという非常に類似した表現型を示しました。遺伝子発現変化も類似していて、減数分裂の再開ができない原因を遺伝子発現変化から説明できています。
とても一貫性のあるデータで、レビュアーは批判する余地がなかったんじゃないかと思ってしまいました。今回の記事では紹介できなかったデータもたくさんあります。その一つが受精後胚のH2A.Zです。ncH3K4me3はFGOでも受精後胚でも見られるのに対して、ncH2A.Zは受精後にはなくなる(発現もなくなる)という記載がありました。
そこで1つ質問です。ncH2A.Zが受精後になくなることは受精後発生にとって大事そうな印象はありますか?(発生保証機構を探索する本領域に関わってくるかなと思います)
石内(山梨大学)
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論文のメインストリームを要領よくまとめてくださりありがとうございます!
なるほど、ncH2A.Zが消失することの意義についてですね。ncH2A.Zは受精後どころかMII期までには消失するのですが、消失の意義を調べるのは難しくて(未知のremoverをKOするとか?)、現状では実験的な証明はできません。なので単なる想像ですが、ncH3K4me3もlate 2-cell期までになくならなければ発生できないことと、ncH2A.ZとncH3K4me3にポジティブな相互作用がありそうなことを踏まえると、ncH2A.Zが先に消失することでncH3K4me3を来たるべき時に消失させやすくしている可能性はあるかもしれません。一方で、ではそもそも「卵母細胞でncH3K4me3/ncH2A.Zを形成する意義は何?」という重要な疑問に答えられてないですね。MLL2 KOもH2A.Z DKOもですが、遺伝子間領域のH3K4me3/H2A.Zだけを欠損させられるわけではないので、非常に難しい課題です。だれか解いてくれない?笑
完全に脱線しますが、この研究の発端は、我々お気に入りのポリコームマーク(H3K27me3とH2Aub1)をH2A.Zがどう制御しているか知りたかったということなのですが、H2A.ZをDKOしてもH3K27me3は何も変わらず、変化があったncH3K4me3に焦点を変更したという経緯でした。一方でH2Aub1に対しては、H2A.Z DKOすると活性化プロモーターにおけるH2Aub1の減少が見えており、H2A.Z自体がモノユビキチン化を受けることが示唆されました。つまり、活性遺伝子が不活化される際に、「H2A.Z→ H2A.Z-ub1 → PRC2 → H3K27me3」という経路があることを想像させる点でポリコーム屋的にちょっと面白いデータでした。
井上梓(理化学研究所)
Mei H, Hayashi R, Kozuka C, Kumon M, Koseki H, Inoue A.
Nat Struct Mol Biol. 2025 June 13. doi.org/10.1038/s41594-025-01573-x