伊川班の増子さんらが、精子発生異常を示すノックアウトマウスモデルに対して、脂質ナノ粒子(Lipid NanoParticle: LNP)を用いたmRNA導入によって精子発生をレスキューする技術を開発し、PNASに論文を発表しました。
ご存じの通り、伊川研ではこれまで精巣特異的に発現する遺伝子について多数のノックアウト(KO)マウスを作製し、さまざまな段階で精子発生が止まるモデルを体系的に蓄積してきました。原理的には、遺伝子機能の欠損によって起こる精子発生異常であれば、その遺伝子そのもの、あるいはその遺伝子産物であるmRNAやタンパク質を精子発生中の細胞に戻してやれば、発生の停止を解除できるはずです。実際、これまでもレトロウイルスベクターによるDNA導入、AAVやセンダイウィルスによるmRNA導入などでレスキューが可能なことは示されていました。しかしウィルスベースの方法には、ゲノムへの挿入リスクやウィルス由来配列の混入といった懸念があり、より安全で臨床応用に近い方法が求められていました。今回の仕事は、人工的に調製した脂質ナノ粒子にmRNAを封入して精細管内に投与する、という非ウィルス・一過性のシステムを精子発生異常モデルに適用した点が大きな特徴です。
まず増子さん達は、EGFP mRNAをLNPに封入し、成体マウスの精細管に注入しました。その結果、翌日にはおよそ半数の細胞でEGFPの発現が確認され、導入したmRNAはおよそ5日間安定して発現しました。観察された細胞はセルトリ細胞だけでなく、精母細胞や精子細胞といった生殖細胞系列も含まれており、LNPが精細管内の複数の細胞種にmRNAを届けられることが分かりました。
さらに、標的を生殖細胞により絞り込むための工夫も行っています。セルトリ細胞で高く発現しているmiRNAのターゲット配列(Desmocollin-1(Dsc1)という遺伝子の3’ UTR配列)を導入mRNAに付加し、セルトリ細胞でmRNAが分解されるように設計しました。その結果、セルトリ細胞での発現は大幅に減少し、生殖細胞で特異的に目的mRNAを発現させることができました。
最後に、実際の精子発生異常モデルであるPdha2ノックアウトマウスを用いて機能的なレスキューを検証しました。Pdha2 KOマウスでは減数分裂のパキテン期で精子発生が停止します。ここに、Pdha2 mRNAにDsc1の3’ UTRを連結したものをLNPで精細管内に導入したところ、2週間後には約半数の精細管で減数分裂が回復し、半数体の精子細胞が検出されました。さらに3週間後には成熟精子が形成されており、これをICSIで授精させると、およそ22%という比較的高い効率で産仔が得られました。得られた仔のゲノムを解析すると、すべてが予想どおりのヘテロKOであり、導入したmRNAが逆転写されてゲノムに挿入された痕跡も認められませんでした。産まれた仔は繁殖能力にも問題がなく、もとの不妊個体から健全な次世代を得ることに成功したことになります。
LNPを用いたmRNA導入は、ゲノムに手を入れずに一過的に遺伝子機能を補うことができる点で、将来的にヒトの非閉塞性無精子症のような病態に応用できる可能性があります。伊川研に存在する様々な精子発生異常モデルを使って、今後も色々なレスキュー技術が開発されていくことが期待されます。
(理研BRC・的場章悟)
<質問>
Q1. LNPにmRNAを封入するのは簡単ですか?また、LNPは3–4種類の脂質で構成されますが、今回のアプローチではその組成や配合比はどの程度重要でしょうか?
A1. mRNAをLNP(Lipid Nanoparticle)に封入すること自体は、現在では確立されたプロトコルが存在するため技術的には比較的容易です。NanoAssemblr Ignite という装置を用いるのですが、シリンジを正確な速度で押すだけ(といったら失礼ですが)で、そのシンプルさに驚いた覚えがあります。それだけに組成や配合比は重要で、取り込みや安定性に大きく影響します。今回は他の細胞でも入るような条件で行いました。配合比や組成によっては入り方も大きく変わるので、まだ良い条件が探せる可能性があります。
Q2. 今回はセルトリ細胞での発現を抑えて生殖細胞を狙いましたが、逆にセルトリ細胞でのみ発現させたい場合、生殖細胞側で特異的な分解を誘導するような設計は可能でしょうか?
A2. データベースや実験データから探して検証する必要がありますが、理屈上は可能だと思います。生殖細胞のみで高発現するmiRNAを探して順に確認すれば見つけられると思います。ヒト用の配列も同様にして探していく必要があります。
今回はOFFでしたが、CiRAの斎藤先生のところで、miRNAでONにする仕組みを作った報告があり(DOI: 10.1126/sciadv.abj1793)、OFFとONを組み合わせれば効率がよくなる可能性もあります。
Q3. 今回レスキューしたPdha2 KOマウスはパキテン期で停止するモデルでしたが、精子幹細胞や精子細胞など、別の段階で停止するモデルにも応用できるでしょうか?また、LNP–mRNAでもレスキューが難しいと考えられる精子発生異常モデルはありますか?
A3. LNPは入るので、応用可能だと考えています。現在、幹細胞へのターゲットを行っているところです。
円形精子細胞より後ろで働く遺伝子は、ROSIやICSIがあるので治療の文脈では応用を考えていません。円形精子以降の場合、性行為で児が得られる(顕微授精をする必要がなくなる)ことがゴールとなるのですが、現在ではそこまでの精子を回復できる効率にないと考えています。一方でTGいらずで後半のステージをレスキューできたら実験の強力なツールになるので、検証を行っているところです。
LNP–mRNAでレスキューが難しいのは、長時間の発現を要求する遺伝子だと思います。具体的な遺伝子名が思いつきませんが、mRNAの発現が約3-5日で終わるのでそれ以上の期間必要な場合には難しいかもしれません。そのような遺伝子が見つかった場合は環状RNAやsaRNAなどを試す必要があるかもしれません。
(回答:大阪大学・増子大輔)
Sperm and offspring production in a nonobstructive azoospermia mouse model via testicular mRNA delivery using lipid nanoparticles
Mashiko D, Emori C, Hatanaka Y, Motooka D, Pan C, Kaneda Y, Matzuk MM, Ikawa M.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2025 Oct 21;122(42):e2516573122. doi: 10.1073/pnas.2516573122. PMID: 41082659