大阪大学・伊川さんの研究室から論文が発表されました。筆頭著者の平岡さん、伊川班の皆さん、おめでとうございます。
伊川さんのグループはこれまで、精子が卵子に結合する瞬間や、卵管での精子の挙動など、受精の現場を可視化し、その制御機構を明らかにしてきました。今回の研究では、マウス胚が子宮に着床する瞬間をex vivoで捉える新しい培養系「ex vivo uterine system」を開発し、胚と子宮の相互作用を試験管内で再現することに挑戦しました。
本研究では、横浜市立大・小川先生らが確立したマウス精細管の培養系で使用されている気相液相境界面培養法を、子宮内膜の培養に応用しています。受精後3.75日目(E3.75)のマウス子宮から子宮内膜を単離し、メディウムに浸したゲルの上に配置。その上にE3.75の胚盤胞をのせ、さらにPDMSで覆うという構成により、90%以上の確率で胚の着床(子宮上皮への接着)を再現することに成功しました。
さらに、胚が子宮内膜に接着した後、胚の発育スペースを確保するためPDMSを除去し、浅い培地液面上での気相培養で追加培養することで、48時間から96時間にかけて、EPI構造やExE様構造、VE様構造を有する、E5.5相当の胚発生の誘導にも成功しました。この培養系の魅力は、胚と子宮の相互作用を直接観察・検証できる点にあります。今回のex vivo培養系では、胚が子宮上皮を通過して間質へと浸潤する過程に加え、子宮腺や血管構造、免疫細胞など、母体側の組織動態を含めた現象の再現が可能であることを、綺麗な免疫染色により示しています。
このような成果を支えたのが、綿密な培養条件の最適化です。デバイス構造や子宮内膜の配置方向による酸素供給効率の調整に加え、培養液の組成にも工夫が加えられています。従来、着床後胚の培養に広く使用されてきたIVC1・IVC2培地の組成を見直し、ホルモン濃度を生体に近づけることや、FBSの代わりにKSRを使用することにより、ex vivo培養系における着床率や栄養外胚葉の浸潤効率の向上を達成しています。
さらに本研究では、分子レベルでの胚と子宮の相互作用にも迫っています。COX-2は着床における母体側の重要な制御因子として知られていますが、RNA-seq解析や免疫染色により、ex vivo培養系の着床部位(間質)でも生体同様にCOX-2の発現上昇が観察されました。また、COX-2阻害剤をex vivo系に添加すると、生体での投与時と同様に、着床率および栄養外胚葉の浸潤が低下することも明らかになりました。加えて、COX-2阻害剤を添加したex vivo系における胚では、浸潤部位の栄養外胚葉においてAKTシグナルの低下が、RNA-seqおよび免疫染色により明らかになりました。母体側のCOX-2と胚側のAKTは、着床において機能的に関与しているのでしょうか? 再びex vivo系で検証したところ、AKT阻害剤を添加した場合にも胚の浸潤が抑制されました。一方で、恒常活性化型AKT1を胚に導入すると、COX-2阻害下でも着床率と栄養外胚葉の浸潤が回復しました。さらに、このレスキュー効果は生体においても確認されており、母体側のCOX-2と胚側のAKTの機能的な関連性を支持する結果となっています。
着床過程における胚と子宮の相互作用を生体外で再現し、観察・検証可能にした本培養系は、着床メカニズムの解明はもちろん、幹細胞を用いた胚モデルの機能評価系としても、非常に有用なツールになりそうです。論文中では淡々と記述されていますが、数多くの条件検討が積み重ねられており、その苦労が垣間みれます。
今後、さらに進んだ発生段階の再現にはどのような工夫が必要なのか、開発者である平岡さんにぜひ伺ってみたいですね。
今回このページで紹介しきれなかったデータも多数あります。ぜひ、論文本体をご覧ください!
(東京大学・柳田絢加 )
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この度は論文紹介をしてくださり誠にありがとうございます。近年飛躍的に進展している試験管内胚発生学ですが、「着床」すなわち接着・浸潤・発生の全ステップを同時に生体内と同じレベルで再現するのはなかなか難しい課題であると感じています。産婦人科医として、生殖補助医療のボトルネックとなっている着床をなんとか解明したい一心で本研究に取り組んでまいりました。マウスにおいてすら着床は直接観察できないため、体外で着床を再現し可視化するためにはどうしたらいいか、あれこれ考えました。「なぜ体外で着床を忠実に再現するのが難しいのだろう」というクエスチョンに対し、「胚の受け手側となるこれまでのモデル子宮が不完全だったから着床の再現が難しかったのではないだろうか。仮に真正の子宮組織を用いたとしたら、真正の着床が再現できるのではないか」という仮説のもとに実験が始まりました。組織培養が可能な厚みの限界値が一般的に約400 μmと言われているため子宮内膜の単離が必須でしたが、当初はその手技の確立に難儀しました。また、培地組成や酸素供給の方向を含め、多くのパラメーターの検証にも苦労しました。伊川研の皆様の支えがあったおかけで最終的に再現性や忠実度の高い体外着床が達成できたと思っており、皆様にはいくら感謝してもしきれません。今後もこの系を応用・発展させることで、着床のより深い洞察を得るともに、胎盤形成の再現や生殖補助医療への還元にもチャレンジしてゆきたいと思っています。
(大阪大学・平岡毅大)
An ex vivo uterine system captures implantation, embryogenesis, and trophoblast invasion via maternal-embryonic signaling
Hiraoka T, Aikawa S, Mashiko D, Nakagawa T, Shirai H, Hirota Y, Kimura H, Ikawa M.
Nat Commun. 2025 Jul 1;16:5755. doi: 10.1038/s41467-025-60610-x